<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rdf:RDF
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
 xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:syn="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
 xmlns:image="http://pirl.org/rss/1.0/modules/image/"
 xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
>
<channel rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/">
<title>（２３）達弥西心のＨＭＵ</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/</link>
<description>達弥西心のＨＭＵ

</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://blog.livedoor.com/?v=2.0" />
<image rdf:resource="http://image.profile.livedoor.jp/icon/hmu2_60.gif"/>
<items>
 <rdf:Seq>
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51218495.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216398.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216397.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216386.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215887.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215885.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215139.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215068.html" />
  <rdf:li rdf:resource="http://hmu.livedoor.biz/archives/51054783.html" />
 </rdf:Seq>
</items>
</channel>
<image rdf:about="http://image.profile.livedoor.jp/icon/hmu2_60.gif">
 <title>（２３）達弥西心のＨＭＵ</title>
 <link>http://hmu.livedoor.biz/</link>
 <url>http://image.profile.livedoor.jp/icon/hmu2_60.gif</url>
</image>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51218495.html">
<title>●生きていくことは悲しい？ - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51218495.html</link>
<description>生きていくことは悲しいですか。はい。悲しいです。
生きていくことを楽しくできませんか。はい。楽しくできます。
どうすれば、よいのですか。
はい。魂基準で生きることです。

ひとり歩きはつらい。だから、誰かを巻き込む。
でも、巻き込めなかったら、ひとり歩き...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-28T05:51:31+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[生きていくことは悲しいですか。はい。悲しいです。<br>
生きていくことを楽しくできませんか。はい。楽しくできます。<br>
どうすれば、よいのですか。<br>
はい。魂基準で生きることです。<br>
<br>
ひとり歩きはつらい。だから、誰かを巻き込む。<br>
でも、巻き込めなかったら、ひとり歩きはつらいままです。<br>
ひとり歩きはつらい。だから、ひとり歩きを楽しくするのです。<br>
そうすれば、誰かを巻き込まなくてもひとり歩きが楽しくなります。<br>
達弥西心の生き方提案は、そういうことです。<br>
魂基準で生きるということは、そういうことなのです。<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216398.html">
<title>●夢をこころにあざやかに描け - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51216398.html</link>
<description>自分のこころがそうなると信じきった夢は必ず実現します。ことごとく実現します。
実際に、私たちの夢は次々に実現しているのです。その夢が良い夢であるか、悪い夢であるかは別にして、私たちがこころに描いた夢は次々に実現しています。


夢がかなったとき、かなわな...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-23T12:00:53+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[自分のこころがそうなると信じきった夢は必ず実現します。ことごとく実現します。<br>
実際に、私たちの夢は次々に実現しているのです。その夢が良い夢であるか、悪い夢であるかは別にして、私たちがこころに描いた夢は次々に実現しています。<br>
<br>
<br>
夢がかなったとき、かなわなかったとき。仕事や勉強で素晴らしい成績をあげたとき、散々な成績に終わったとき。目標を達成できたとき、できなかったとき。どんなときも、仰天するほど驚いたということはなかったでしょう。<br>
<br>
そうです、私たちはこころに描いた夢の通りに行動しているのです。私たちの夢はことごとく実現しているのです。<br>
<br>
最後の最後まで、最後のその一瞬まで、夢の実現を信じつづけた人には、良い夢が実現します。もしかしたらこの夢は実現しないかもしれないと、ふと悪夢がこころの中をよぎった人には、その悪い夢がきます。<br>
<br>
最後の直前に、夢の実現をふとあきらめた、その瞬間に、良い夢は遠ざかり、悪い夢が実現するのです。<br>
<br>
<br>
夢をこころにあざやかに描くことができれば、描きつづけることができれば、その夢は必ず実現します。あざやかに描くのです。いきいきと描くのです。信じ切れるように描くのです。未来が、あたかも今、目の前に実現したかのように描くのです。<br>
そして、最後の一秒まで夢の実現を信じつづけるのです。<br>
<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216397.html">
<title>●机上の空論　いいじゃないか - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51216397.html</link>
<description>人間業という人生経営事業に取り組むことを決意すると、経営者である私たちは、経営計画書を作ることになります。この計画書がないのは、羅針盤を持たずに大海原に出航するようなものです。これを「人生経営計画書」といいます。

自分の人生をどのように経営していくか。...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-23T10:38:30+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[人間業という人生経営事業に取り組むことを決意すると、経営者である私たちは、経営計画書を作ることになります。この計画書がないのは、羅針盤を持たずに大海原に出航するようなものです。これを「人生経営計画書」といいます。<br>
<br>
自分の人生をどのように経営していくか。今年一年をどのように経営していくか。自分の人生経営計画書に書き込んでいきます。<br>
<br>
仕事に関する方針。趣味に関する方針。勉強に関する方針。資格取得に関する方針。健康に関する方針。家庭に関する方針。交遊に関する方針。経済に関する方針。育児に関する方針。どんな方針でも、自分の都合に合わせて項目を設定して、一つ一つ方針を決めていくのです。<br>
<br>
<br>
人生経営計画書は、とりあえずは机上の空論でいいのです。絵に描いたような理想で構いません。<br>
<br>
机上の空論は、必ずいつかは実現せんがための、今の空論です。必ず実現できるはずのものが、理想です。現実は、理想への期待と活力に満ちあふれた現在進行形であるはずです。<br>
<br>
なぜなら、机上の空論は、少なくとも立案の段階では、必ず実現できると信じきった計画であったはずだからです。<br>
<br>
机上の空論、おおいに結構。絵に描いたような理想をどこまでも追いかけていくのです。<br>
<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51216386.html">
<title>●人生経営グラフ - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51216386.html</link>
<description>人生は、時間と可能性で成り立っています。

人生をグラフに表すとどうなるでしょうか。

人間には無尽蔵の潜在能力があります。だから人生には無限の可能性があります。どこまでも上昇していけます。グラフの縦方向に目標の目盛りをとります。いちばん下はゼロで、いち...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-23T09:36:00+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[人生は、時間と可能性で成り立っています。<br>
<br>
人生をグラフに表すとどうなるでしょうか。<br>
<br>
人間には無尽蔵の潜在能力があります。だから人生には無限の可能性があります。どこまでも上昇していけます。グラフの縦方向に目標の目盛りをとります。いちばん下はゼロで、いちばん上は∞（無限大）です。<br>
<br>
グラフの横方向は、時間の目盛りです。いちばん左端はこの世に生まれたときです。いちばん右端はこの世を去るときです。つまり、有限です。終わりがあるのです。<br>
このグラフは、かならず累計折線グラフになります。<br>
<br>
<br>
さて、自己実現（自分の夢実現）と人生の時間の経過からなる、このグラフを、人生経営グラフと名付けます。<br>
<br>
この限られた人生の中で、私たちはどんな人生を経営していくのでしょうか。どんな人生を経営したいと思っていますか。<br>
<br>
限りあるこの世でのいのち（すなわち時間）を使って、無限の自己実現の可能性をどこまで追求できるか。しかも、そのタイムリミットがさっぱり読めないという矛盾だらけの中で、どう人生を経営していくか。人生はまさに経営です。<br>
<br>
<br>
人間は、この世に生まれて、生きて、そして、やがてかならずこの世を去っていきます。この世でいのちあるうちに、私たちはいったい何をするのでしょうか。<br>
<br>
人生を経営するのです。人間業という事業を営むのです。<br>
<br>
生まれたときが創業です。生きている間に発展させ、繁栄させて、やがてこの世を去っていいくときが人生経営の完了のときです。人生経営の完了とは、この世で得たモノをすべて誰かに継承するときです。<br>
<br>
経営とは、「時が経過することを営むこと」です。<br>
<br>
さて、人間業をどう経営したら良いのでしょうか。<br>
<br>
<br>
結局、最後の最後にどうしたいのか、と考えるのです。<br>
人生の終着点に至ったときに、どこまで到達していたいのですか。それをまず決めることです。<br>
<br>
いま、最後のことを決めるのです。<br>
<br>
そして、あらかじめ決めた到達点と、いま自分が立っている現在点を、結んで、明日からはその線上をなぞるように歩いていけば良いのです。<br>
<br>
人生経営とは、有限の時間の中で、無限の可能性をいかにコンスタントに、次々に実現していくかです。<br>
<br>
私たち人間は、無尽蔵の潜在能力と限りない可能性を持ちながらも、生まれて、生きて、かならず死んでいきます。つまり、限りあるいのちで、限りない可能性を追い求めているのです。<br>
<br>
<br>
人生経営グラフを描いていると、結局のところ、「今のこの瞬間」に生きることしかできないことに気付きます。<br>
<br>
いのちを「今」、精いっぱいに燃やしながら生きていくことしかないと思うのです。朝生まれて、夜死ぬ覚悟、これしかないような気がします。たとえ志半ばにして人生の途中で倒れることがあっても、人生で行きたかった方を向いて倒れたいと思うのです。<br>
<br>
私たちは、いのちを、今のこの瞬間に燃やすことしかできないのです。同じ燃やすなら、いきいきと燃え盛るような炎でありたいと思うのです。<br>
<br>
<br>
人間は、生まれて生きて、そして死んでいきます。<br>
<br>
私たちはこの世のいのちは限りがあると知っていながら、なぜ生きていくのでしょうか。なぜ生きつづけるのでしょうか。なぜ努力しつづけるのでしょうか。<br>
<br>
もしかしたら、私たちの中のもう一人の自分が、からだは有限でもこころは無限で、永遠に生きつづけることを知っているからではないでしょうか。<br>
<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215887.html">
<title>●サラダのトマトをもうひとつ - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51215887.html</link>
<description>見えるモノは見えないところで、見えないものがつくり出している。

見えるモノと、見えないものとは密接につながっている。

見えるモノは、見えないものが動かしている。

これらはみんな宇宙の法則です。


この宇宙の法則を人間の行動に当てはめるとこうなりま...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-22T07:00:10+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[見えるモノは見えないところで、見えないものがつくり出している。<br>
<br>
見えるモノと、見えないものとは密接につながっている。<br>
<br>
見えるモノは、見えないものが動かしている。<br>
<br>
これらはみんな宇宙の法則です。<br>
<br>
<br>
この宇宙の法則を人間の行動に当てはめるとこうなります。<br>
<br>
誰にも見えない場所で、誰にものぞけないこころの中で、私たちが何を思うか、何を決意するかで、そのあとの誰にも見える行動と結果は必然的に決まります。<br>
<br>
良い結果は、誰も見ていないところで、誰にも見えないこころの中で、良い決意をすることによってもたらされます。<br>
<br>
つまり、見えないところで、私たちが何を思い何を決意したかで、すべてが決まってしまうのです。<br>
<br>
<br>
ファミリーレストランで野菜サラダを注文します。野菜の上にのっているトマトは、今日もいつもの通りに、一個の四分の一の大きさです。調理場では、マニュアルに忠実なコックが、あらかじめ決められた通りに、てぎわよく作っていきます。<br>
<br>
その日の朝は、新鮮なトマトが半額で仕入れることができたと言います。仕入れ担当者は得意気にその事情を説明します。<br>
<br>
しかし、私たちの目の前に運ばれてくるサラダのトマトは、今日も相変わらず四分の一の大きさです。マニュアルに忠実なコックが、決められた通りにサラダを作ったのです。これはこれで良いのです。目の前のメニューは、誰の目にも見えない奥の調理場で作られているのです。<br>
<br>
<br>
その調理場に、レストランの経営者がひょっこり顔を出しました。仕入れ担当者は、新鮮なトマトがいつもの半額で仕入れられたことを経営者に報告します。<br>
<br>
それを聞いた経営者は、そこである決断をします。決意の選択は二つに一つです。<br>
ひとつは、それは良かったもうかったと、仕入れ担当者を誉めることです。<br>
<br>
仕入れ担当者が誉められるのを、コックはただ横で聞いているだけ。お客である私たちには何も聞えません。もちろんメニューには何の影響もありません。<br>
<br>
<br>
経営者はもう一つの決意をすることもできます。みんなが幸福になれる選択をすることができるのです。<br>
<br>
経営者は、いつもの半額で仕入れられたのか、それは良かった。手柄だと仕入れ担当者を誉めるでしょう。そしてすぐに、今日は特別サービスだ、とまとをもう一つ余分につけるようにと指示をします。<br>
<br>
とたんに、仕入れ担当者の彼は、自分のしたことが社長だけでなく、お客様にも喜びを与えることになることを想像して、うれしくなります。次の仕入れにも、もっと力が入ることでしょう。<br>
<br>
そして、経営者はコックに指示します。今日は四分の一のトマトを、もう一つ余分にのせるようにと。コックの彼は、分かりましたと笑顔で答えることでしょう。野菜サラダに、もう一つトマトをのせる彼は、思わず鼻歌を歌っているかもしれません。<br>
<br>
そして、ウェイトレスにも指示をします。今日は新鮮なトマトが安く手に入ったので特別サービスだと説明してお客に出すようにと。いつも注文を受けたメニューをテーブルに運ぶだけだったウェイトレスの彼女は、今日だけは満面の笑みを浮かべて、トマトが二つのったサービスのいきさつを私たちに説明します。彼女は自分がそのサービスを決定した経営者であるかのように、得意げな、しかしとてもうれしい気分になるでしょう。<br>
<br>
トマトが二つのった特別サービスの野菜サラダを目の前にして、お客である私たちはうれしくないはずがありません。そして、今度も必ずこのレストランにしようと思うはず。誰かに紹介してあげようと思うはずです。きっと、このレストランの社長はえらい！と思うはずです。<br>
<br>
<br>
たったそれだけの経営者の決意だけで、仕入れ担当者も、コックも、ウェイトレスも、そしてお客の私たちも、そして何より経営者自身も、みんな幸せな気分になれます。みんな喜んで、みんな笑顔で、みんな幸福になれるのです。<br>
<br>
目の前のたったひとつのメニューが、幸せなメニューになるかどうか。そして、幸せなレストランになるかどうかは、見えないところで、見えない経営者のこころの中で決まっているのです。<br>
<br>
千人、万人を超すようなどんなに大きな会社であっても、ほんの数人だけの小さな会社であっても、目に見える会社の外見というものは、目には見えないたった一人の社長のこころの中で作られているのです。<br>
<br>
<br>
誰の目にも見える私たちの行動は、誰の目にも見えない私たちのこころの中の決意で決まっています。<br>
<br>
自分自身の人生の経営者は、自分自身の人生において、その時どんなサラダを作るのか、どんなトマトをのせるのか。トマトをいくつのせるのか。その決意は、自分自身がするのです。自分自身が決めるのです。<br>
<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215885.html">
<title>●与えるレッスンを今からはじめよう - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51215885.html</link>
<description>ひとりに一つずつ魂が授けられているということは、とにかく一人で生きていきなさいということです。一人で生きていくことを決意さえすれば、魂はいくらでも応援してくれるのです。だから、自分の足で立って、自分で歩いていくのです。自分で自分を励ますのです。それがもっ...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-22T02:32:42+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[ひとりに一つずつ魂が授けられているということは、とにかく一人で生きていきなさいということです。一人で生きていくことを決意さえすれば、魂はいくらでも応援してくれるのです。だから、自分の足で立って、自分で歩いていくのです。自分で自分を励ますのです。それがもっとも自然なのです。<br>
<br>
<br>
一人でこの世に生まれてきた私たちは、自分のこととしてこの世を生きて、一人でこの世を去って、あの世に還っていきます。<br>
<br>
そして私たちがここにいる理由は、私たちのこころの次元を上げるためです。それ以外に目的も理由もありません。こころを磨くために、私たちはこの世に現れたのです。<br>
<br>
こころの次元を上げるためには、こころを与えることしかありません。与えなくてはならない理由は、私たち人間は与えることでしか、こころの次元を上げることができないからです。与えるために私たちはこの世に生まれてきたのです。<br>
<br>
与えるのは、相手のためではありません。自分自身のために与えるのです。なぜなら、与えることで一番喜ぶのは、自分自身のこころだからです。相手に見返りを期待したら、とたんにこころが悲しみます。<br>
<br>
<br>
与えるレッスンを始めましょう。いまから少しずつ、私たちのこころを与えるレッスンを始めましょう。こころを磨くレッスンを始めましょう。<br>
<br>
自立することを自分自身がまず実践し、まわりの人たちに自立することの大切さを伝えることです。<br>
<br>
生きていく喜びを教えてあげることです。<br>
<br>
<br>
いまからでも遅くありません。最後の最後まで、この世の人生は終わりません。最後の最期までこころの次元を上げるチャンスは残っているのです。<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215139.html">
<title>●自分のことは自分で決めるから - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51215139.html</link>
<description>自分が抱えている問題は、自分にしか解決できません。自分の問題に答えられるのも自分だけです。

誰かに相談を持ちかけるとき、たいていすでに自分の中に答を用意しています。たいていその自分の答えにピッタリのアドバイスをもらいたいために相談しています。相談したい...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-20T14:40:59+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[自分が抱えている問題は、自分にしか解決できません。自分の問題に答えられるのも自分だけです。<br>
<br>
誰かに相談を持ちかけるとき、たいていすでに自分の中に答を用意しています。たいていその自分の答えにピッタリのアドバイスをもらいたいために相談しています。相談したいのではなく、確認したいのです。<br>
<br>
正解が欲しいのです。間違えたくないのです。だからまわりの人たちに相談しながら、「正解」を探しているのです。しかも厄介なことに、誰かとまったく同じ答えでは嫌なのです。世間一般の正解ではなく、自分だけの正解を見つけようとしています。<br>
<br>
正解は、いつも自分で決める、その意思決定の中にだけあるのです。私たちが自分のこころの中の魂に相談して、宇宙の法則に照らして決める、その答えが正解です。自分で出した答えが、正解なのです。<br>
<br>
自分のことは自分で決める。それが決意というものです。<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心<br>
]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51215068.html">
<title>●モノの時代からいのちの時代へ - ＨＭＵ 達弥西心</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51215068.html</link>
<description>モノを中心にした価値の時代はもうとっくに終わりました。こころを中心にした価値の時代に入っています。

モノの時代の価値観は誰にでもよく分かりました。モノは目に見えるからです。それに値段というお金の額で価値を表現してくれていたから、モノの価値がよく分からな...</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2009-06-20T11:11:25+09:00</dc:date>
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[モノを中心にした価値の時代はもうとっくに終わりました。こころを中心にした価値の時代に入っています。<br>
<br>
モノの時代の価値観は誰にでもよく分かりました。モノは目に見えるからです。それに値段というお金の額で価値を表現してくれていたから、モノの価値がよく分からなくても、それなりに理解できました。モノはお金というモノではかることができるのです。<br>
<br>
<br>
こころは誰の目にも見えません。お金の額で価値を表すこともできません。いよいよ本物の時代がやってきたのです。こころはモノではかることはできません。<br>
<br>
モノの時代が終わったのは、モノ中心の価値観が行きつくところまで行ったからです。<br>
モノの時代が進化し成長すると、こころの時代に突入するのは自然の成り行きです。政治、経済、経営、セールス、教育など、すでにこころの時代に入っています。モノからこころへの流れは、誰にも止めることはできません。<br>
<br>
<br>
こころの根源はいのちです。いのちとは魂のことです。こころを中心とした価値観の時代とは、魂を中心とした価値観の時代です。<br>
<br>
私たち人間はこの世に現れたとき、一人にひとつずついのちを授かりました。一人にひとつずつこころを与えられたのです。そのこころを頼りに、自分自身の魂と対話しながら、宇宙の法則にしたがって生きていく時代が到来したのです。<br>
<br>
ひとり一人が、自分の足で立って、自分の足で歩いていく、ひとり歩きの時代が到来したのです。<br>
<br>
<br>
ＨＭＵ 達弥西心]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://hmu.livedoor.biz/archives/51054783.html">
<title>達弥西心のＨＭＵ</title>
<link>http://hmu.livedoor.biz/archives/51054783.html</link>
<description>ただいま準備中
</description>
<dc:creator>hmu2</dc:creator>
<dc:date>2008-10-07T03:19:52+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[ただいま準備中<br>
]]>
</content:encoded>
</item>

</rdf:RDF>
