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<title>（２３）達弥西心のＨＭＵ</title> 
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<modified>2009-11-28T12:05:23Z</modified> 
<tagline><![CDATA[達弥西心のＨＭＵ
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<title>●存在する念いをどう感じ取るか(4/7) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-28T03:05:03Z</modified> 
<issued>2009-11-28T12:00:29+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">けれども、どちらが最終的に大事かというと、これは目に見えないものなのです。

念いがなければ始まらないのです。念いのエネルギーがこの世のすべての源です。しかし念いは目に見えないので、目に見えるモノを通じないと念いというものが伝わらないということでもあります...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[けれども、どちらが最終的に大事かというと、これは目に見えないものなのです。<br>
<br>
念いがなければ始まらないのです。念いのエネルギーがこの世のすべての源です。しかし念いは目に見えないので、目に見えるモノを通じないと念いというものが伝わらないということでもあります。だからこそ、横並びになっていてどちらが大事かというものではなくて、どちらも大事ということなのです。<br>
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<title>●存在する念いをどう感じ取るか(3/7) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-27T03:05:08Z</modified> 
<issued>2009-11-27T12:00:56+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">ですから、必ずすべてのモノ、何を見てもすべてにこの向こう側にある念いというものがベタッとくっついているので、それを感じることができるかどうかということが大事になってきます。結局、モノとこころ、念いというものはどちらも大事ということなのです。モノがないと念...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[ですから、必ずすべてのモノ、何を見てもすべてにこの向こう側にある念いというものがベタッとくっついているので、それを感じることができるかどうかということが大事になってきます。結局、モノとこころ、念いというものはどちらも大事ということなのです。モノがないと念いというものが見えない、分からないのです。後にベタっとくっついているものが感じられないのです。<br>
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<title>●存在する念いをどう感じ取るか(2/7) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-26T03:05:06Z</modified> 
<issued>2009-11-26T12:00:59+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">その念いを感じるから「ああ、このグラスは水を入れて飲まれたいんだなあ」と思うのです。

「壊れたグラスは捨てられる」というのは、念いを持っていても、それが発揮できなくなってしまえば捨てられてしまうということです。この「壊れたグラスは捨てられる」という夢の話...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[その念いを感じるから「ああ、このグラスは水を入れて飲まれたいんだなあ」と思うのです。<br>
<br>
「壊れたグラスは捨てられる」というのは、念いを持っていても、それが発揮できなくなってしまえば捨てられてしまうということです。この「壊れたグラスは捨てられる」という夢の話はまた別のところでしました。<br>
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<title>●存在する念いをどう感じ取るか(1/7) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-25T03:00:06Z</modified> 
<issued>2009-11-25T12:00:04+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">たとえば芸術作品を見ていて、この絵を見ると思いが伝わってくるというのは、その絵の中に作者の念いが込められているということです。込められているから、それを感じることができるのです。そういう意味では、この世にあるモノというものは、それぞれに全部存在理由があっ...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308101.html">
<![CDATA[たとえば芸術作品を見ていて、この絵を見ると思いが伝わってくるというのは、その絵の中に作者の念いが込められているということです。込められているから、それを感じることができるのです。そういう意味では、この世にあるモノというものは、それぞれに全部存在理由があって、その存在理由というのは存在する念いということなのです。<br>
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(9/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-24T03:05:07Z</modified> 
<issued>2009-11-24T12:00:30+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">そのことを表しているのが１００＋１００＝１００なのです。ちょうど前と後ろでピッタリ重なると、表からみるとまったく一つにしか見えないようになっていて、１００＋１００＝１００なのです。これは表と裏で、前と後ろで、見えると見えないで足して１００ということなので...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308097.html">
<![CDATA[そのことを表しているのが１００＋１００＝１００なのです。ちょうど前と後ろでピッタリ重なると、表からみるとまったく一つにしか見えないようになっていて、１００＋１００＝１００なのです。これは表と裏で、前と後ろで、見えると見えないで足して１００ということなのです。裏側には念いが必ずついているのです。<br>
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(8/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-23T03:05:04Z</modified> 
<issued>2009-11-23T12:00:52+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">机だって椅子だって何だって、作られたプロセスを考えてみると分かります。こういうモノを作ろうと思ったからできたわけで、すべてのモノの裏側にはベタッとした目に見えない念いというものがくっついているのです。その見えないものを見ることができるか、できないかだけの...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308096.html">
<![CDATA[机だって椅子だって何だって、作られたプロセスを考えてみると分かります。こういうモノを作ろうと思ったからできたわけで、すべてのモノの裏側にはベタッとした目に見えない念いというものがくっついているのです。その見えないものを見ることができるか、できないかだけのことです。<br>
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(7/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-22T03:05:03Z</modified> 
<issued>2009-11-22T12:00:48+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">つまり、モノとこころは横に並んで天秤に乗っているのではなくて、前がモノで後ろがこころとか念い（おもい）なのです。要するにすべてのモノには、そのすべてにふさわしい、ちょうどぴったりの念いがベタッと背中に貼りつくようにあるはずだということです。目に見えるモノ...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308095.html">
<![CDATA[つまり、モノとこころは横に並んで天秤に乗っているのではなくて、前がモノで後ろがこころとか念い（おもい）なのです。要するにすべてのモノには、そのすべてにふさわしい、ちょうどぴったりの念いがベタッと背中に貼りつくようにあるはずだということです。目に見えるモノすべては、目に見えないものが現し、目に見えないものが動かしているのです。<br>
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(6/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-21T03:05:02Z</modified> 
<issued>2009-11-21T12:00:08+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308094</id> 
<summary type="text/plain">政治家はよく言っています、「モノを追いかけるあまり心をないがしろにしてしまった、戦後日本はモノで栄えて心で滅びた」と。もっともっとこころを大事にしなくてはいけない、モノの方に偏っているという言い方をします。バランスよくしないといけないと言います。

私もそ...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308094.html">
<![CDATA[政治家はよく言っています、「モノを追いかけるあまり心をないがしろにしてしまった、戦後日本はモノで栄えて心で滅びた」と。もっともっとこころを大事にしなくてはいけない、モノの方に偏っているという言い方をします。バランスよくしないといけないと言います。<br>
<br>
私もそう思っていました。しかし、この１００＋１００＝１００という公式は、モノとこころが天秤にかかっていてバランスを取っているのではないということを表現しているのです。<br>
]]> 
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(5/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-20T03:05:04Z</modified> 
<issued>2009-11-20T12:00:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308081</id> 
<summary type="text/plain">モノとこころというのは天秤にかかっていて、足して１００になるような気がしていました。例えば５０：５０だとバランスが取れていますが、３０になると７０になってしまう、７０になると片方は３０になってしまうというようなことです。だからモノばかり追いかけていると、...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[モノとこころというのは天秤にかかっていて、足して１００になるような気がしていました。例えば５０：５０だとバランスが取れていますが、３０になると７０になってしまう、７０になると片方は３０になってしまうというようなことです。だからモノばかり追いかけていると、こころはどうでもよくなるのだという説明はいかにも正しいように思えます。<br>
]]> 
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(4/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-19T03:05:03Z</modified> 
<issued>2009-11-19T12:00:56+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308079</id> 
<summary type="text/plain">目に見えないものを表現する、目に見えるモノは目に見えないものを表現するためにこの世に存在している、ということなのです。だから目に見えるモノは、目に見えないものを表現するためにここにあるということです。ということは、目に見えないものと全く無関係には目に見え...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308079.html">
<![CDATA[目に見えないものを表現する、目に見えるモノは目に見えないものを表現するためにこの世に存在している、ということなのです。だから目に見えるモノは、目に見えないものを表現するためにここにあるということです。ということは、目に見えないものと全く無関係には目に見えるモノは存在しないということなのです。机や椅子、グラスも私たちの体もお金も、目に見えるモノは例外なく目に見えないものを表現するためにそこに存在するのです。そこに気が付いたのです。<br>
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(3/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-18T03:05:02Z</modified> 
<issued>2009-11-18T12:00:15+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308078</id> 
<summary type="text/plain">「だからどちらも一生懸命やらないといけないんだ、偏ってはいけないんだ」と思っていたのです。いいところまでいっていたのですが、だけど違うのです。１００＋１００＝１００なのです。それが分かっていないといわれつづけていました。
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<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[「だからどちらも一生懸命やらないといけないんだ、偏ってはいけないんだ」と思っていたのです。いいところまでいっていたのですが、だけど違うのです。１００＋１００＝１００なのです。それが分かっていないといわれつづけていました。<br>
]]> 
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(2/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-17T03:00:03Z</modified> 
<issued>2009-11-17T12:00:00+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308077</id> 
<summary type="text/plain">そのころ「１００＋１００＝１００」というメッセージが届いていました。

私たちには当然、１００＋１００＝２００です。しかし何度も１００＋１００＝１００といってくるのです。その当時講座などで「１００＋１００＝２００ですから、目指すのはモノとこころのバランスで...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
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<![CDATA[そのころ「１００＋１００＝１００」というメッセージが届いていました。<br>
<br>
私たちには当然、１００＋１００＝２００です。しかし何度も１００＋１００＝１００といってくるのです。その当時講座などで「１００＋１００＝２００ですから、目指すのはモノとこころのバランスで、１００％に収めるのではなくて、どちらも一生懸命すなわちモノ１００％こころ１００％で２００％になっていいのです。それを目指しましょう」という説明をしていました。<br>
]]> 
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<title>●矛盾をどう呑み込むか(1/9) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-16T03:00:03Z</modified> 
<issued>2009-11-16T12:00:02+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51308076</id> 
<summary type="text/plain">モノとこころの話です。実は、このモノとこころの関係というのが達弥西心として起つためのもっとも大きなテーマでした。

積み重ねグラフと累計折線グラフの違い、理想と現実の違い、目標と現実の違い、夢と現実の違い、目に見えるものと目に見えないものとでできている意味...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51308076.html">
<![CDATA[モノとこころの話です。実は、このモノとこころの関係というのが達弥西心として起つためのもっとも大きなテーマでした。<br>
<br>
積み重ねグラフと累計折線グラフの違い、理想と現実の違い、目標と現実の違い、夢と現実の違い、目に見えるものと目に見えないものとでできている意味、これらすべては、このモノとこころの関係にたどり着くためのプロセスだったとも言えます。<br>
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<title>●うまくいったり、うまくいかなかったりの理由(3/3) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-02T03:05:03Z</modified> 
<issued>2009-11-02T12:00:30+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51286073</id> 
<summary type="text/plain">うまくいったときこそ、ＭＡＯしてその理由を求めなければなりません。そして天への感謝にたどり着いたとき、大きな流れに乗ることができます。うまくいった人がますますうまくいく理由が、ここに隠されています。うまくいったときこそ、天への感謝です。

ここで、うまくい...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51286073.html">
<![CDATA[うまくいったときこそ、ＭＡＯしてその理由を求めなければなりません。そして天への感謝にたどり着いたとき、大きな流れに乗ることができます。うまくいった人がますますうまくいく理由が、ここに隠されています。うまくいったときこそ、天への感謝です。<br>
<br>
ここで、うまくいったのは自分の力だと錯覚したとき、一気に転落していきます。<br>
<br>
天が、ならば自分の力だけでやってみたらどうですかと、手を放すからです。<br>
]]> 
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<title>●うまくいったり、うまくいかなかったりの理由(2/3) - ＨＭＵ 達弥西心</title> 
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<modified>2009-11-01T03:05:06Z</modified> 
<issued>2009-11-01T12:00:21+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:hmu2.51286070</id> 
<summary type="text/plain">ここからが重要なポイントです。

うまくいかなかったとき、ＭＡＯすれば、有り難いことにその理由を知ることができます。

うまくいったときも、ＭＡＯすれば、有り難いことにその理由を知ることができます。

うまくいかなかったとき、ＭＡＯしてその理由を求めて、自分の...</summary> 
<dc:subject>ＨＭＵ 達弥西心</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://hmu.livedoor.biz/archives/51286070.html">
<![CDATA[ここからが重要なポイントです。<br>
<br>
うまくいかなかったとき、ＭＡＯすれば、有り難いことにその理由を知ることができます。<br>
<br>
うまくいったときも、ＭＡＯすれば、有り難いことにその理由を知ることができます。<br>
<br>
うまくいかなかったとき、ＭＡＯしてその理由を求めて、自分の足りないところを指摘されたとき、大きな感謝です。なぜならば、自分がみずから努力するポイントがはっきりと見えるからです。<br>
<br>
ここで、うまくいかなかった理由を自分以外の他に求めるようでは、つまりうまくいかなかったのを他人のせいにするようでは、うまくいきません。自分で努力のしようがないからです。<br>
]]> 
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